≪予告≫ 10月6日(日) 静 岡 浅 間 通 り で 第 34 回 長 政 ま つ り が 開 催 さ れ ま す 。

静岡浅間通りが一日タイになります!

家康の時代にタイへ渡り波乱の生涯を送った「山田仁左衛門長政」がこの浅間通りの出身であることにちなみ、1986年若者有志によるささやかな(まつり)が行われ「長政まつり」と命名されたのが始まりです。その後浅間通り商店街に引き継がれ、2005年からは在京タイ王国大使館・大阪タイ王国総領事館の支援を受けて国際的なイベントへと発展進化して行きました。

この日浅間通りにはタイのフードや雑貨、タイマッサージなどの屋台が並び、ステージではタイ舞踊や文化の紹介が披露されます。ムエタイに参加できるかも知れません。タイにプチトリップした気分を一日味わえます。

前日10月5日(土)には、浅間神社舞殿にて行われる大神楽祭にあわせて境内では(平成安倍の市)も特別に開催されます。

 

山田長政  天正18年(1590年)頃 – 寛永7年(1630年))は、江戸時代前期にシャム(現在のタイ)の日本人町を中心に東南アジアで活躍した人物。通称は仁左衛門(にざえもん)出生は駿府馬場町とされ、父は紺屋を営む津国屋、母は藁科村の出身の寺尾某の娘。沼津藩主・大久保忠佐に仕え、駕籠かきをしていたが、その後1612年に駿府の商人たちが手配した朱印船で長崎から台湾を経てシャム(タイ)に渡った。後に、日本人傭兵隊に加わり、頭角を現しアユタヤ郊外の日本人町の頭領となり、商人の才覚と指揮官としての器量をもって、日タイの貿易だけでなく、近隣諸国にも商船を送り、ヨーロッパの商人達との経済戦争に勝ち続けた。アユタヤ国王の護衛兵としても活躍し、日本人義勇兵を率いて外敵と戦い、数々の武勲をうちたてた。これらの活躍に国王は王室内での最高の官職を与えた。長政は立身出世を喜び、故郷の浅間神社に「戦艦図絵馬」を奉納した。 国王死後、王位継承争いがおきると国王の遺児を補佐し王位につけた。しかし、王族の中から影響力の大きさを警戒されるようになり、南部国境地域の王に左遷させられ、隣国との戦いの中で戦死した。