徳川家康と豊臣秀吉の2人の天下人が関わった天守台石垣が同じ場所で見学できるのは駿府城だけです。

2月23日(土)、平成30年度の駿府城跡天守台発掘調査現場見学会が開催され、多くの見学者で賑わいました。普段は立ち入ることのできない、北辺の堀底に下り、二の丸から本丸への出入り口の天守下門付近の石垣を直近で見ることができました。豊臣方の天守台もいつもとは違った方向から見ることができ、市の職員の方の説明を聞くことができました。平成30年度の発掘調査では、①徳川家康と豊臣秀吉の2人の天下人が関わった天守台が同じ場所に現存している。②豊臣方の天守台は南北約37m×東西約33mであり、同時代では大阪城に匹敵する大きさである。③大御所家康の天守台は、天守台の基礎に当時一般的だった木材ではなく巨石が使われていたと判明―などの成果があった。北辺の最下部に石が見つかり、さらにその下に川原石が敷き詰められており、天守台の石垣とさらにその上の建物の重さを支え、石垣が崩れないようにし、バランスを均等に支えるための配慮と思われる。④大御所家康の天守台の東側の二の丸から天守台のある本丸にかかる木橋と門(天守下門)があり、門を入ると石垣に囲まれた空間があり、直進できないようになっていました。この空間を枡形といい、敵の侵入を防ぐ役割を持っていました。⑤豊臣方の天守台の南西部からは金箔瓦330点が見つかり、この場所は豊臣方の天守台を解体し、瓦を大量に破棄し、埋めた場所と考えられます。等々の説明がありました。平成31年度は、駿府城築城以前の中世今川期の遺構の有無などを確認する発掘調査を行うとのことです。

天守台北東部堀底での解説

天守台北東部堀底・算木積

慶長期北面最下段石垣


天守台北東部堀底、木橋の橋脚支え用の穴


初公開の二の丸から本丸への出入り口(枡形)周辺の解説