清 見 寺・ 朝 鮮 通 信 使 関 連 文 化 財 10月 18日(日)特 別 公 開 に 行 っ て き ま し た 。

 

令和2年度静岡市文化財特別公開(文化庁文化財保護協調週間事業)の一環として10月18日(日)清見寺宝物館にて朝鮮通信使関係資料を拝見させていただきました。館内で朝鮮通信使の概要説明(回数、年代目的及び回数毎の人数など)をいただきました。

江戸時代を通じ12回来日されていますが、初期3回までは(1607、1617,1624年)日朝国交回復文書の交換及び被致朝鮮人の帰国を主な目的としていましたが4回目以降は善隣友好が目的になりました。その象徴として瓊瑶世界【けいようせかい】と書かれている扁額があります。(写真添付)「瓊」「瑶」の二つの美しい玉が、お互いを照らし合い、さらに輝きを増して美しい世界が広がるという意味とのことで、「朝鮮通信使」の漢字の意味する朝鮮と日本は心と心を通わしあってお付き合し未来に向かってお互いを尊重し切磋琢磨してゆきましょうという精神を表しているとのことです。これこそ現代の日朝関係の礎として見直さなければいけない事だと思いました

※「瓊瑶世界の扁額は、通常非公開ですが、レプリカが境内の鐘楼に掲げられています。

 

ところで清見寺について以下に簡単に記しておきます。

1350年程前の天武天皇の頃(672~686年)、蝦夷に備えてここに関所が設けられ、清見ヶ関と呼ばれました。その関所の鎮護の寺として仏堂が建立されたのが清見寺の始まりと伝わっています。江戸時代朝鮮通信使、琉球使節が幾度となく訪れ滞在しているのですが、清見寺から見た駿河湾、伊豆半島、三保の松原の景色が類なき美しさであったことが理由の一つでと考えられています。朝鮮通信使は1607年から約200年間に12回、国賓として来日しています。清見寺で宿泊し、地域の人たちと儒学、医薬学、詩文、書画などの交流をしたと伝えられています。隣国同士が約260年間もの間平和で対等な交流を行っていたことは世界史上珍しいことです。

境内には山門、仏殿、大方丈、大玄関、書院、鐘楼が配置され書院海側の二階には潮音閣があり眼下に駿河湾と三保の青松、右に日本平、左に遠く伊豆の山々を望む眺望を満喫できます。書院山側には 家康公が殊の外愛された「名勝清見寺庭園」があります。また本殿左手から山腹には五百羅漢像が佇み 亡者供養の一つとして亡き人の面影を探してあて供養、冥福を祈ってみてはいかがでしょうか。

 

※ 清見寺は「日本遺産・東海道の旅に関する200年前の物語 弥次さん喜多さん、駿州の旅」の構成文化財です。

 

鮮通信使関連のパンフレット(表紙写真添付)は清見寺に用意されていますのでご関心興味をお持ちの方は是非とも訪問していただきたく思います。(宝物館は通常閉館となっています。)

清見寺:静岡市清水区興津清見寺町418-1  ☎ 054-369-0028  https://seikenji.com/

 

◆東名高速清水ICより車で約10分  ◆JR東海道線興津駅より徒歩約10分