観光ボランティアガイド 駿府ウエイブ

6月26日(日)ウォークイベント「 お 茶 の 町 し ず お か を 巡 る 」を開催しました。

 

6月26日(日)、ウォークイベント「お茶の町 しずおかを巡る」を開催しました。

お茶の町・静岡の小売店、問屋、製造元からここ数年多く見かけるようになった和モダンなお茶カフェ等と、途中江戸時代の駿府の町割により生まれた駿府96ヶ町の町名の由来についても駿府ウエイブのガイド10名がご案内しました。

事前に申し込まれた51名の参加者は、静岡駅前竹千代像前に集合。紺屋町から呉服町、金座町、茶町まで北上し安西通を北西に進むコース「お茶の町 しずおか」を満喫しました。

紺屋町の小梳神社、呉服町の老舗の茶店・小山園、竹茗堂、新しい茶店・4月に開店したきみくら、ななや、マルゼンティーロースタリー、江戸時代創業のふしみや、三保原屋、唐木屋 ⇒ 茶町の茶店・茶町KINZABURO ⇒ 安西通の聖一国師モニュメント ⇒ 北番町の静岡茶市場、JA静岡市茶業センター等の説明を聞きウォークしました。ご案内ポイントの一部をご紹介いたします。

 

 紺屋町・小梳神社 

小梳神社は徳川家康が駿府の今川氏のもとへ来た時(1549)、最初にこの社に立寄り、武運長久の祈願をしたといわれています。社伝によると、現在の駿府城三ノ丸、教育会館当たりにあったとされています。

小梳神社のある 紺屋町は、江戸時代はじめに駿府のまちの南に位置し染物師の町として整備されたことに由来します。

 

           新しい形の茶舗

               ⇐ ななや  ⇑ マルゼンティーロースタリー

 

 

 

 

 

 

 

呉服町の茶店・小山園は創業慶応元年(1865)、竹茗堂は創業天明元年(1781)の老舗です。新しい茶店・本年4月に開店したきみくら、2020年開店のななや、2018年開店のマルゼンティーロースタリー、江戸時代の貞享4年(1687)創業の三保原屋、慶長12年(1607)創業のふしみや、文政9年(1826)創業の唐木屋薬局等江戸時代から続く老舗とお茶の新しい飲み方を提案する「お茶カフェ」の新店が目立つ呉服町です。

呉服町の道路には、所々にモニュメントが並び、普段知らずに通り過ぎてしまいがちな由来など説明しました。

町名の由来は、家康公の『呉服所』があったことに由来すると言われています。江戸時代は東海道が通っていました。町には呉服屋や小間物屋が軒を連ねており商店街として賑わっていました。 

札之辻町の町名は、江戸時代この地に「高札場」があったことに由来します。「高札場」とは幕府の禁制、法令を庶民に徹底させるため、各地域の要所に設置された掲示板です。札の辻の高札は、現在の七間町と呉服町通りが交差する駿府城寄りの道路中央に立てられていました。東海道は、四つ辻で直角に折れ七間町と呉服町を結んでいました。

 

本通を渡る直前に突然の雨に見舞われ、雨宿りを余儀なくされましたが、40分ほどで上がりその後は少し気温も下がったようで心地よいウォークとなりました。

 

 

かつて走っていた路面電車の敷石を使っています。       茶っふるでお馴染みの茶町KINZABURO

 

本通を横切ると、金座町、上桶屋町を過ぎ、その名も茶町となります。 町名の由来について、江戸時代の地誌には、「左右の商家、安倍足久保の茶をここに集め、精粗を選りて府中に出す、故に名とす。」と記されています。茶町は古くから安倍山中で生産した茶を売買する商人の町でした。茶町周辺は、今も茶問屋が軒を並べ、「お茶所 静岡」の伝統を支えています。手作りワッフル「茶っふる」でお馴染みの茶町KINZABUROは歴史ある茶町に2010年に開店しました。お茶カフェの新しい老舗です。

 

 静岡の茶祖と言われる聖一国師のモニュメント

 

夜はガラスに埋め込まれたLEDライトで幻想的なモニュメントとなります。

 

 安西は古代の安倍市の西側にあたることや安倍町の西にあることなどから「安西」と称されていたようです。1~5丁目まであり、製茶、木材などの取引のため各地から訪れる商人で賑わっていたようです。

現在も製茶問屋などが多く、茶町同様新茶取引の季節は町中がお茶の香りで溢れます。

 安西3丁目のしずおか焼津信用金庫安西支店前に「聖一国師のモニュメント」があります。

聖一国師は建仁2年(1202)に葵区大川栃沢に生まれ、5歳から18歳まで久能寺(現在の久能山東照宮の場所)で修行し、その後東大寺などで学んだ後、1235年中国に渡り禅の奥義を極め帰国。博多に承天寺を建て、その後京都の東福寺の開山となります。国師はそうめん、織物、焼き物を日本で最初に伝えています。

静岡のお茶も国師が茶の実を足久保の地に植えたのが本山茶の始まりと言われています。安西通を西に向かい安倍川を渡り、藁科川を遡れば、国師の生家・大川、栃沢に向かいます。茶葉の形をした硝子板には聖一国師が中国からお茶の種を持ち帰った時、杖に入れて帰国したという言い伝えと、足久保にお茶の種を植えた時の2枚のレリーフがあります。お茶の町安西にある国師のモニュメントは、時空を超え静岡のお茶の歴史に思いを馳せることができます。

 

 

 

JA静岡市茶業センターでは普段飲むことのできないお茶をいただくことができました。ご馳走様でした。

 

 聖一国師のモニュメントを北に入ると、静岡茶市場(株)があります。茶取引の安定と公正を図ることを目的に昭和31年(1956)日本で初めて株式会社として設立されました。更に少し北上すると茶市場と同じ機能を持つJA静岡市茶業センター(こちらではお茶の差し入れも頂戴しました)。

参加された皆様からは、「途中雨でどうなるかと心配しましたが、雨も上がり楽しく静岡の町を散策できました。」「静岡の茶祖・聖一国師のことは初めて知りました。お茶をいただくときお茶の歴史と共に思い出すと思います。」「静岡に住んで20年経ちますが知らないことも多く、改めて歴史のある街だと思いました。」「一人で参加したがチームになった方と和気あいあい楽しく過ごせてよかった」等々の感想を頂きました。お疲れさまでした。