令和元年12月7日(土)、今川義元公生誕五百年祭記念『 今 川 バ ス ツ ア ー 』を開催しました。

令和元年12月7日(土)一般公募の今川義元公生誕五百年祭・バスツアー2回目が行われました。今回は愛知県の今川ゆかりの地を巡るコースです。募集人員45名のところ結果、41名の参加者を得、予定通り大型バスで出発できました。当日は雨が心配でしたが、朝の受付時にわずかに小雨が落ちただけでした。

最初の訪問地、豊明市の桶狭間古戦場伝説地までの2時間バスに揺られて、会員の説明を聞きながら行きました。古戦場に着くと、すでに「とよあけ桶狭間ガイドボランティア」の方が待っていて、高徳院というお寺の上にある駐車場に案内してくださいました。ここは、織田信長が義元のいる本陣へ向かって駆け下りた山の頂上です。古戦場へ向かって下りていくと、戦の様子が目に浮かび、信長の気持ちが伝わってくるようでした。60年以上桶狭間合戦の研究をされているガイドの太田輝夫氏は、「信長の勝利は奇跡ではなく、巧妙な計略があったのです。名古屋市緑区の田楽坪が本当の古戦場という考えもありますが、そこは、今川軍の先頭が信長軍の先鋒と戦った場所でしょう」という持論を説明して、本にも著し販売していました。古戦場には義元と家臣の死に場所を表す七石表と言う石碑が七つ立っていました。
次に、西尾市の今川家発祥の地を尋ねました。中学校の裏に、木々に囲まれて「今川氏發跡地 愛知県」という石碑がぽつんと立っていました。奥には今川了俊の供養塔もありました。了俊は、今川家にとって自慢の人物だったからでしょうか。
午後は豊川市に入りました。歩いて線路を越えて大聖寺へ。最初に義元公の胴塚にお参りしました。生誕五百年祭だからでしょうか、奉賛会の旗が沢山たっていました。住職はお留守でしたが、本堂の中に入って、義元の位牌などを見せていただきました。
最後は、妙厳寺です。豊川稲荷と呼ばれているので、狐を祭った神社と思われますが、曹洞宗のお寺なんですね。義元が堂舎を造営しましたが、当時のまま残っている建物は山門だけでした。

参加されたお客様からは、「雨が降らなくてよかった。」「二両引き紋のバッジと小冊子「駿府と今川」がいただけて盛りだくさん。」「なかなか個人では行けない所へ詳しい説明付きで行けてよかった。」というお声をいただきました。