明治初期まで、静岡市羽鳥にあり、廃寺となった『 建 穂 寺 』の由来と変遷の講義を受けました。

静岡市内を流れる安倍川の支流・藁科川の河畔、建穂(たきょう)の里に、かつて大伽藍を構えた古刹がありました。明治の初年、廃仏毀釈と火災に見舞われ廃寺の憂き目を見ることになりましたが、当時の村人が運び出した60余体のほかは、本堂の礎石だけがわずかに残るだけとなっています。講師は、定年後、数十年ぶりに故郷に戻った早川和男さん。早川さんは駿府ウエイブの会員として観光ガイドに携わるとともに、「幻の寺・建穂寺」の由来や歩みを尋ねてみたいと思い立ち、数々の文献や資料を当たり、古代から近世の歴史を辿り、本年2月に「建穂寺記」を上梓されました。7月18日(木)、駿府ウエイブの会員を対象に、建穂寺を切り口として、その成り立ち、由来、概要から、建穂寺関連の行事構成物及び宗旨、現在も毎年4月の静岡浅間神社の『廿日会祭』の稚児舞の歴史等のレクチャーを受けました。会員38名が参加しました。

早川和男著『建穂寺記』は静岡市立図書館に所蔵されています。