6月24日(水)久しぶりのまち歩き企画「 駿 府 ぶ ら ウ ォ ー ク 」を楽しんでいただきました。

6月24日(水)、駿府城ラン・アンド・リフレッシュステーション主催の「駿府ぶらウォーク」が開催されました。
新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、駿府ウエイブは4月中旬より、すべてのガイド活動を休止していましたので、今回のウォークは久々の開催となりました。当初の募集定員は30名でしたが、密接を避けるため15名とし、ガイド一人に5名のお客様にさせていただきました。梅雨の中の晴れ間となり、風もありウォーク日和となりました。12名の参加者が駿府城ラン・アンド・リフレッシュステーションに集合。駿府ウエイブの担当ガイドは3名でおもてなしをしました。ウォークは参加者が揃った時点で、各ガイドが、コースルートの説明後、注意事項をお伝えしスタートしました。

 

今回のコースは、江戸時代の旧東海道、駿府城下町エリアと明治以降の変遷も写真地図をお示ししご案内しました。集合地点:駿府城ラン・アンド・リフレッシュステーションをスタートし、駿府城三ノ丸堀内の城代屋敷跡(城主不在の駿府城は約250年にわたり46人の城代が治めていました。/こちらは仮称歴史文化施設建設予定地です。)から、城外に出て、西郷山岡会見の地(慶應4年(1868)3月9日、東征軍の参謀西郷隆盛と、旧幕臣山岡鉄舟の会見が、ここ伝馬町で開かれ、江戸城の無血開城の下打ち合わせが行われました。)、駿府代官所跡、(代官所跡には明治に入り、令和3年の大河ドラマの主人公・渋沢栄一が発案した藩の商事機関「商法会所」が設けられました。)、宝台院(2代将軍秀忠の母・西郷の局の菩提寺です。)、教覚寺(宝暦6年(1756)正月、駿府町奉行から褒章され、報奨金50両を貰った「忠僕八助」が眠っています。当時八助のことは駿府の町では知らない方はいないといわれたそうです。)、感応寺(紀州頼宣、水戸頼房の生母、お万の方ゆかりの寺院です。)、別雷神社、札ノ辻(高札があったところです。「高札場」とは幕府の禁制、法令を庶民に徹底させるため、6万を越える全国の村々にあまねく存在していたようです。)、駿府町奉行所跡(町奉行は、大坂、伏見、京都と駿府の4か所にしかありませんでした。城代と協議して駿府を通行する諸大名諸士の密察、駿河や伊豆の裁判仕置、東照宮の警衛。町政全般の掌握から訴えの裁き、城下の警備、府中宿の管理などをおこなったようです。)

 

コース途中の染物屋さんの町・紺屋町、鍛冶屋さんの町・鍛冶町、桶屋さんの町・下桶野町、お寺が13軒もあった寺町、今川期「今宿」といわれた旅籠町・人宿町、お米や穀物を扱ったお店のあった下石町、1607年「銀座」が設けられた両替町など駿府九十六ヶ町の町名碑をご案内させていただきました。約4,3km、3時間のコースのウォークを楽しみました。
参加された方々からは、「ガイドポイントがたくさんあり時間が少し足りなかったように思った。」「昨年の秋のウォークにも参加させていただいたが、普段何気なく歩いているところにもいろいろの歴史がある事が判り楽しかった。」「4月に広島から来たばかりで、静岡のことが全く分からずこのようなガイド付きウォークを待ち望んでいましたので、歴史のある静岡を知ることができ勉強になった。」「ガイドコースのマップをいただいたので一人でも歩いてみたい」等々のお声をいただきました。

 

駿府城ラン・アンド・リフレッシュステーション主催の「駿府ぶらウォーク」の次回開催は本年秋の予定です。新たなコースを検討中です。駿府ウエイブのホームページにも案内を掲載する予定です。ご期待ください。

 

 

   スタート前の注意事項の説明風景です。

 

ガイドコースの説明風景です。

 

伝馬町、西郷山岡会見の地をガイド中です。

 

教覚寺で「忠僕八助」のガイド中です。