藁科川に彩を添える木枯の森とクズの花

 藁科川は全長約29㎞で、近世初期以降安倍川に合流しています。その下流部にある小さな森の島が木枯の森です。その森の石段を上ったところに本居宣長の石碑などがあり、その頂に木枯八幡宮があります。近年は毎年9月前半の日曜日、若者が担ぐ神輿が出て、羽鳥八幡社から木枯神社まで像が移動される祭りが行われています。その像とは、「羽鳥木枯神社本地仏(八幡神)」と称されている阿弥陀如来立像です。

 木枯の森は藁科川にあるこの木枯の森だけでなく、同じ名称の森が京都太秦広隆寺の付近にも古代にはあったとされています。太秦広隆寺は聖徳太子の意向を受けて秦氏が建立した寺として名高く、その近には木嶋神社とか蚕ノ社と称されている養蚕業の神様が祀られています。秦氏が服織に養蚕業を伝えたという伝承が正しいとすると、秦氏や京都から下って来た人々が心に描いていた木枯の森とは、藁科川の木枯の森を見ながら京都の木枯の森を懐かしんでいたということも考えられます。服織地区は南北を小高い山に囲まれていることもあってか、藁科川の流れに沿って西から東に風の通り道になっています。5060年前の筆者が子どもの頃でも、冬は今より寒かったように記憶するので、古代にはもっと民家もまばらで遮る物もなく「西の風」は身にも心にも応えたのではないかと想像します。そんな心細さが郷愁を誘ったのではないでしょうか。

 

 藁科川には今では立派な土手が造られていて、格好の散歩、ウォーキング、ランニングのコースになっています。河川敷には地元の愛好家がグランドゴルフをプレーしたり、夏は河原でバーベキューを楽しむグループや水遊びをする姿をよく見かけます。土手には植物のクズがはびこっています。クズは根茎と種子の両方により増えることもあり、繁殖力が旺盛で多くなりすぎて雑草の中でも嫌われことが多いです。花は8月から9月にかけて咲き、強い日差しを避けるように葉の影に咲いています。クズは嫌われ者ですが、利用価値はありまして、デンプンが豊富で、くずもちや葛菓子など根を食料にします。また薬用としても利用され、風の初期症状に効用があるという葛根湯は有名です。