『変わらない事』が『新しい発見』の道しるべ  静岡市丸子 泉ヶ谷 まほろばの里に行ってきました。 

5月21日は24節気のひとつ「小満」です。『万物盈満すれば草木枝葉繁る』草木が繁って天地に満ち始める頃です。今年は更に天地に潤いを授ける梅雨の季節にもなりました。

4月からガイドを開始した「丸子・丁子屋」と駿府匠宿改めリニューアルオープン「駿府の工房・匠宿」とその周辺の『変わらない事』を丸子城址、吐月峰柴屋寺、丁子屋を訪ね「新しい発見」の道しるべを求め散策してきました。

 

 

丸 子 城

文治5年(1189)奥州平定の功績により、源頼朝から手越平太家綱が拝領した邑-麻利子-と「吾妻鏡」にあります。

泉ヶ谷と大鈩(オオタタラ)の間にある今川氏築城の丸子城址は保存状態の良い山城で同保存会の方々のおかげで登山道は整備され、真新しい表示が設置されています。泉ヶ谷口からは本丸までゆっくりと呼吸を整えながら登って30分弱で登頂できます。二の丸東側の木立は伐採されて 佐渡山、安倍川そして駿河湾までの眺望が堪能できます。

 


 

 

 

柴 屋 軒( 柴 屋 寺 )

泉ヶ谷は今川氏親の庇護を受けた連歌師宗長が 丸子川中流の元宿から北に入る谷あいの地に永正元年(1504) 庵・柴屋軒を設けた所です。宗長の「宇津山記」には、、、「丸子という里 家五六十軒 京鎌倉の旅宿なるべし 市あり 北にやや入て泉谷といふ、、、」と記されています。

連歌を詠うには読み人の心が一つになることが肝要で 同じ茶釜の湯を分かち合う茶道が尊ばれた所以があり 駿府の茶道は柴屋軒から始まったともいわれています。

 

 

 

 

 

駿 府 の 工  房 匠 宿

匠宿は今川・徳川時代から受け継がれた静岡の陶芸、染め物、駿河千筋竹細工、木工指物、漆、蒔絵や下駄等 駿府の技を体験できる伝統工芸体験施設です。今年4月からリニューアルされてお子様から親御様、各世代の方にゆっくりと地元の味覚から技をお楽しみできる思います。

 

 

 

 

 

 

 

丁 子 屋  

創業は家伝によれば慶長元年(1596)。芭蕉が詠んだ「梅若菜 丸子の宿の とろろ汁」、十返舎一九の東海道中膝栗毛「喧嘩する夫婦は口をとがらして 鳶とろろに すべりこそすれ」。これらの有名な出典で「とろろ汁」は東海道丸子宿の枕詞になっています

昭和の時代では カップラーメンの生みの親 日清食品創業者の安藤百福さんが「静岡のとろろ汁は国宝的な食文化である」とも記しています。

 

 

 

 

先人たちが遺した伝統・文化・歴史・自然を体感できる丸子、泉ヶ谷には変わらないけど 新しい発見があります。

日々変わる新緑が眩しいこの季節。時に日頃の埃を流してくれる雨は私たちにも癒しになります。

泉ヶ谷の人々はこの地を まほろばの里と呼んでいます。

 

『まほろば』とは ・・・ 「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という意味の日本の古語。「まほらば」「まほらま」「まほら」ともいわれます。楽園。理想郷。和歌では「倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠(やまこも)れる 倭しうるはし」古事記中巻・景行天皇帝紀では日本武尊の、日本書紀では景行天皇の望郷歌とされる和歌が「まほろば(真秀ろば)」の代表的用例として知られています。

ある作家は、作品の中で『私は、まほろばとは、まろやかな盆地で、まわりが山波にかこまれ、物成りがよく、気持ちのよい野、として理解したい。むろん、そこには沢山の人が住み、穀物が豊かに稔っていなければならないが・・・』と書いています。