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令和8年2月3日(火)、静岡浅間神社におきまして季節の始まりの日・節分祭が執り行われました。

静岡浅間神社の節分祭は、静岡市指定無形民俗文化財です。梅と柳(ねこやなぎ)の若枝をまとめた「おにやら棒」で戸板を叩き、鬼を追いやるもので、静岡浅間神社にのみ存する風習として知られています。
節分とは各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことを言います。季節の変わり目は重要な日とされ、旧暦時代一年の始まりである立春(旧暦のお正月)を迎える前日に清め、新しい年を迎えるための儀式としての行事でした。そのため「鬼は外、福は内」という厄払いを行うようになりました。    
午後3時から、舞殿で浅間弓道教場の会員の方による「蟇目鳴弦式(ひきめめいげんしき)」も執り行われました。厄払いした「安産の弦(つる)」がお領かちされていました。「安産の弦」とは弓を引く時に満ちて切れた弦のことで、古くから安産のお守りとして珍重されていたそうです。
静岡浅間神社では豆まきに先立ち、神職が鉦や鈴、太鼓を打ち鳴らすのにあわせ、御年役や参列者が「おにやらぼう」で板を打ちたたき、大きな音で邪鬼を追い払う「追儺(ついな)の神事」が執り行われました。この神事は音によって鬼を払うという意味と、春の生命の象徴として梅柳の若枝で戸を打つ事によって、音をたてて鬼に象徴される災禍を鎮めると考えられ、民俗学的にも貴重な風習です。

鬼やらい神事がいつから始まったのか詳らかではありませんが、江戸時代の正徳年間に書かれた随筆『塩尻』天野信影著によれば、「浅間の社には神人(神主)多く出て、豆を打ち、若枝を以って本社より末社に至るまで御戸を打つことおびただし。町へは地震のように聞ゆ。これを聞きて市中の家々一斉に豆を打ち、戸外に出て戸の限りをたたく。雷同してしばしすさまじ。かかる事知らぬ旅人は宿にて大いに驚く者多し」とあり、すでに江戸時代に行われ駿府の習俗として知られた神事です。

 

 

約50名の御年役の方々が、「福は内」と大きな声で訪れた大勢の人々に豆や菓子などをまいていました。両手を伸ばしてまかれた豆を取ったり拾ったり、厄も払われ良き年を迎えられることと思います。