「小泉八雲が愛した藤枝だるま展」4月12日(日)まで、藤枝市郷土博物館において開催中です。
「乙吉のだるま」誕生に関わった三人の男たち
小泉八雲が愛した藤枝の伝統工芸「藤枝だるま」の歴史あれこれを紹介します。
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」では、『怪談』の作者である小泉八雲(ラフカディオ・ハーン、1850-1904)とその妻・セツ(1868-1932)をモデルにしています。
1896年(明治29)、東京帝国大学英文学科の講師となった八雲は、翌年8月、セツら家族とともに初めて焼津を訪れ、浜通りの魚屋・山口乙吉宅に逗留し、焼津で海水浴を楽しみました。
焼津の海を気に入った八雲は、以後、亡くなる1904年までの8年間で、避暑のため、6回の夏を焼津で過ごしました。乙吉宅での思い出を綴った短編小説が「乙吉のだるま」で、1901年に出版された『日本雑記』に収録されました。
「乙吉のだるま」では、神棚に飾ってあった片目のだるまを見て驚いた八雲が、乙吉から、目なしだるまに願掛けをして片目を描き入れ、願いが叶った時に、もう片方の目を描き入れる日本の習俗があることを教えてもらいました。
じつは、八雲の目に留まっただるまは、1897年(明治30)頃から張子だるまの製造を始めた内田だるま(のち藤枝だるまへ改称)3代目・内田作太郎(1873-1929)が作ったものでした。
藤枝だるまには、八雲だるま、乙吉だるまの名で親しまれた型があり、両頬の鬢(びん)に描かれた8の字ひげがトレードマークになっていました。
藤枝だるまは、「県内ダルマ中、随一の美男子」(『ふるさと百話』5)とも評され、県内各地の寺社のだるま市へ出荷され、最盛期には年間1万個が製造されました。
明治・大正・昭和・平成と、5代約180年にわたり伝統を守った老舗の藤枝だるまでしたが、2015年、5代目長橋秀明氏が病に倒れたことを機に、廃業のやむなきに至りました。
当館では、2025年、長橋家より、藤枝だるま伝統の木型や玩具資料を一括でご寄贈いただいたことに伴い、だるま・練人形・張子面に関する各種資料を一挙公開し、小泉八雲が愛した藤枝の伝統工芸「藤枝だるま」の歴史あれこれを紹介します。


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